2024年7月20日秋田魁新報に掲載されました
2024年7月20日秋田魁新報に掲載されました。
秋田県仙北市の樺(かば)細工製造販売・冨岡商店(冨岡浩樹社長)がヤマザクラの樹皮の未利用材を使った内装パネルを商品化した。海外デザイナーとの共同制作で樹皮のさまざまな質感を楽しめると好評だ。冨岡社長は「樺細工の新たな魅力を発信し、これまで行き場のなかった未利用材の有効活用につなげたい」と語る。
内装パネルは正方形や六角形など9種類で、組み合わせて使える。それぞれ質感が異なる未利用材を使うことで、樹皮本来の自然な風合いや荒々しさを表現した。価格は1平方メートル当たり20万~30万円。
同社によると、樺細工の材料調達は重労働という。2人で岩手県内の山林に車で片道3時間以上かけて向かい、ヤマザクラの木に登って樹皮を採取しているが、体力的に作業時間は2、3時間が限界という。樹皮が幹から浮き上がるのは梅雨明けから9月上旬までのため、作業時期も限られる。
一方、樺細工の材料として好まれるのは皮目がはっきりしていて厚すぎず、磨いた時にあめ色のつやが出る樹皮。そのため、採取した樹皮でも使用しないものがあったり、茶筒などの商品製造過程で使わない部分が出たりしていた。冨岡社長は倉庫に未利用材が積み重なってきていたこともあり、以前から活用法を模索していたという。
そんな中、昨年9月にフランス在住のデザイナー、マウリシオ・クラベロ・コズロフスキーさんから樺細工を内装材に取り入れてみないかとの提案を受けた。冨岡社長は2011年の東日本大震災で国内売り上げが落ち込んだのをきっかけに海外進出を本格化させており、コズロフスキーさんとは12年のフランスでの市場調査の際に知り合い、交流を続けていた。
コズロフスキーさんは昨年8月に仙北市の武家屋敷などを巡り、新商品開発に向けてイメージを膨らませた。翌月、市場調査でフランスを訪れた冨岡社長に内装パネルの企画書を手渡した。「人工的な建造物に樺細工の大自然の表情がよく合い心を動かされた。未利用材の活用にもぴったりと感じた」と冨岡社長。その後、冨岡商店が企画書を基に内装パネルを完成させた。
内装パネルは都内にオープンする欧州のブランド店の装飾に使われることが決まっている。冨岡社長は「海外の人たちの家屋などにも使ってもらい、樺細工の魅力を世界に広めたい」と話す。内装パネルに関する問い合わせは冨岡商店TEL0187・56・3239(石塚陽子)
商店建築 2024年7月号に掲載されました
樺細工のウォールパネル
茶筒やインテリア小物を中心に樺細工を行う冨岡商店は、使えずに行き場を失った山桜の樹皮(桜皮)をアップサイクルしたウォールパネル「センシティブ・ウォール・カヴァーリング・パネル」を発売した。自然素材で1つひとつ木の表情が異なるパネルは、KATANA や YUMI、TESSEN、KABUTO など9種類の形と、ポリッシュ、ロウの2種類の仕上げを用意。縦横自由に配置することで、さまざまな見せ方もできる。デザインはマウリシオ・クラベロ・コズロフスキー氏。
冨岡商店
URL◎https://tomioka-shoten.com/
電話◎0187-56-3239
2024年6月13日読売新聞に掲載されました
樺細工 海外のデザイナーとコラボで海外展開
あきた経済インタビュー
秋田を代表する伝統的工芸品・樺細工を製造販売する仙北市の「冨岡商店」は、樺細工の魅力を広く発信しようと、海外のデザイナーとの商品開発や国際見本市への出展などを積極的に行っている。社長の冨岡浩樹さんに海外展開の経緯や経営の展望を聞いた。(聞き手 浅水智紀)
●海外展開の契機は。
2008年のリーマン・ショックと11年の東日本大震災だった。テーブルや照明器具などの高額商品がリーマン・ショックでまったく売れなくなり、大震災では三陸地方に納入した商品が被害に遭い、その後も売り上げが鈍った。そこで12年、ドイツの国際見本市にモダンなデザインを取り入れた約30種類の商品を中心に初出展したところ、フランスの有名ブランドとの商談がまとまった。樺細工のような美しい桜の皮を使った商品は海外にはなく、世界で唯一無二のものだ。桜は日本のイメージとも重なる。
●海外デザイナーとのコラボが多い理由は。
海外展開に必要なキーワードは「ローカライズ」だと思う。フランスで売りたいなら、現地に住むクリエイターと知り合い、どんな商品なら普及するか考え続ける必要がある。最新作として先月発表した樺細工のインテリアパネルも、こうした試みの延長だ。南米出身でフランス在住のデザイナーと組んだ商品で、伝統工芸の素材をモダンにデザインした室内装飾として、ホテルや公共施設など様々な場面でも使ってもらえる商品に仕上がった。桜の皮はサスティナブルな素材であり、海外での受けもいい。
●今後の経営課題は。
悩みは原材料となるヤマザクラの皮の調達。樺細工は江戸時代の「武士の内職」だったが、芸術品の域に昇華してしまった。芸術品として使える素材は、赤紫色で、つやが良い、強靭さも兼ね備えた部分に限られる。採取した皮のすべて使えるわけではないので、それが新商品の開発を難しくしていた。
一方、桜の皮が取れるヤマザクラは広葉樹林の中に生えているので、山に分け入っての採取は重労働だ。なぜか、やせた土で日当たりもあまり良くないような厳しい環境の方が、樺細工に適した木に育つ。しかも、採取時期は幹から皮が浮き上がっている梅雨明けから9月上旬の短い期間に限られる。
毎年、自ら山に分け入っているが、採取場所まで往復2時間かかる場合もある。採取してくれる人々の収入を確保するには、茶筒には適さない桜の皮でも生かせるような新たな商品開発が必要になってくる。樺細工のインテリアパネルは、こうした意味でも期待される商品だ。
世界に一つ、秋田県独自の伝統工芸である樺細工を「使い続ける豊かさ」こそが、人々に潤いのある生活に貢献することだと信じている。それが我が社が掲げた経営理念。今後も、時空を超えた価値を樺細工に込めて発信していきたい。
とみおか・こうき
大仙市出身。角館高校、都内の大学を卒業し、1985年に冨岡商店入社、2005年に社長就任。角館工芸協同組合専務理事、仙北市商工会理事などを務めている。高校時代に始めた合気道は6段で、日本合気道協会で理事も務める。
BIC AKITA 06に掲載されました
[経営探訪]
テーブルウエアだけに限らない新たな商品の開発で樺細工の可能性を見出す
国指定伝統的工芸品・樺細工
需要の変化をいち早く感じ取る
先代である父が樺細工問屋だった「菊地商店」を承継して創業したのが昭和45年のこと。冨岡浩樹さんは、平成17年から代表に就任し、同時期に本店を角館に移転してセレクトショップ『アート&クラフト香月』をオープンしたが、需要が変わったと感じた。
樺細工は国指定伝統的工芸品。1781年から1789年の間に阿仁地方から角館に伝わったとされる貴重な技術で、山桜の樹皮を用いた細工物だ。防湿・防燥に優れ、なおかつ堅牢であるという特徴を持つ。そのため、古くから茶葉や薬を保管するものとして愛用されてきた。時代の変遷とともに、需要が落ち込んでいると感じていた冨岡さんは、代表就任前から新たな商品づくりに取り組んでいた。「青山にある伝統的工芸品産業振興協会を通じて、他の伝統工芸品の産地の方連携して商品を開発したり、東京都大田区の金属加工業の方とコラボしてランプシェードを作ったり。それまでの型にはまった製品だけでなく、樺細工の新たな可能性を模索していました。
東日本大震災による海外展開と海外クリエイターとの出会い
平成23年の東日本大震災で売り上げが落ち込んだことがきっかけで、海外に目を向けた。樺細工に秋田杉や塩化ビニル樹脂などの異素材を組み合わせることで、現代的なエッセンスを取り入れたデザインブランド「art KABA」を立ち上げた。「これにより世界的ブランドからオファーを獲得でき、海外展開のきっかけとなりました。その後、フランス在住のデザイナーで、著名なブランドのアートディレクターを経験しているマウリシオ氏と出会い、懇意にしています。昨年夏、角館に来てくれたのですが、翌月私がパリを訪れた際に、新商品の企画書を見せてくれました」。マウリシオ氏が提案してくれたのは、住宅用のウォールパネルだった。ターゲットはフランスの富裕層だ。
「フランスの住宅事情や文化などは、私にはまったく知識がありません。現地に住むクリエイターでなければ、考えつかない樺細工の活用法だと感じました」。
既成概念にとらわれず、新たな樺細工の活路を見出す
マウリシオ氏からの提案は、住宅の壁に取り付けるアクセントパネル。樺の素材の個性や仕上げによって生まれる質感の違いを活かしつつ、8種類のデザインを展開している。どれもマウリシオ氏が角館を訪れたときにインスピレーションされたもので、刀や弓、鉄扇、兜、鎧といった武家屋敷が立ち並ぶ角館にふさわしい日本の伝統的なモチーフが特徴だ。
「国内の展示会で取引先から『樺細工、いい方向に脱皮できましたね』と言われ、うれしかったですね。樺細工の魅力はひとつひとつが違う表情であること。今回の商品はその特徴をうまく捉えたものになっています。地域を知るクリエイターとコラボする重要性も再認識しました」。
この新商品は、5月に記者会見で正式リリースを迎えたばかり。冨岡商店の新たなフェーズが今、始まる。
プレスリリース
新作発表会「 センシティブ・ウォール・カヴァーリング・パネル 」
~ヨーロッパのデザイナーと日本の伝統工芸の融合~
フランス在住、クリエイティブ・ディレクター、マウリシオ・クラベロ・コズロフスキー氏の独創性溢れるデザインと、日本の山桜の樹皮の野性味溢れる繊細で静謐(せいひつ)な表情が融合。秋田から世界で初めてとなる樺細工を使用したウォールパネルを創り上げました。
山桜の樹皮のユニークな表情と相まって、数々のオブジェを提供するこの【センシティブ・ウォール・カヴァーリング・パネルシリーズ】は唯一無二の空間を表現し、そこに住む喜びをご提供します。
日 程:2024年5月24日(金)17:00~18:30(開場 16:30~)
会 場:アート&クラフト 香月(冨岡商店本店) *駐車場有(要連絡)
形 式:ハイブリッド配信(現地 /オンライン)
参加申込:事前登録制*(*現地参加については人数制限あり)
デザイナー:マウリシオ・クラベロ・コズロフスキー氏
(bespoke creative services 代表)
フランスを拠点とし、ハイブランドのアートディレクターを務め、インテリア関連展示会の開催、アートギャラリーでのプロジェクトなどを行い、国際的に活躍をしている。産業デザインの専門知識と伝統工芸マイスターの技術を融合させることを得意とし、年間250以上のプロジェクトを手掛ける。
@mclaverok
@tomioka_kabazaiku
@art_craft_kazuki
#wallpanel #ウォールパネル #kabazaiku #樺細工
秋田大生と冨岡商店
2024年3月27日 秋田魁新報に掲載されました。
茶筒の形状活かし / 樺細工カレンダー
秋田大の学生5人と仙北市の樺(かば)細工製造販売・冨岡商店(冨岡浩樹社長)は、協力して開発した樺細工のカレンダーを発表した。茶筒をアレンジした回転式のカレンダーで、写真フレームがセットになっている。学生のデザインを同社が形にした。市は4月からふるさと納税の返礼品に加える予定。
カレンダーはオーソドックスな無地皮の茶筒のふたを3分割してリング状にし、外側に月日の数字を彫り込んだ。リングを回して表示を調整する。黒檀(こくたん)の写真フレームには角館の桜をイメージした花の柄があしらわれ、木口には無地皮が施されている。
正しく手入れすれば100年以上使えるのが樺細工。江戸時代から続く角館の樺細工の伝統や家族で代々受け継いで使うことを意識し、「万年カレンダー 遙か」と名付けた。月日を刻むだけでなく、写真を飾ることで家族の歴史も刻まれることをコンセプトとした。
デザインしたのは教育文化学部地域文化学科2年の石崎里歩さん、遠藤麻依さん、佐々木琴美さん、進藤彩さん、横山友里江さん。5人は1年時に地域学基礎の授業での取り組みとして、伝統的工芸品の地域ブランディングを選択。樺細工をテーマとして扱い、2022年8月から製品開発をスタートした。
同年11月に秋田市で開かれた第39回伝統的工芸品月間国民会議全国大会(KOUGEI EXPO in AKITA)の関連イベントでカレンダーのアイデアを発表。当時は白っぽい木の写真フレームと棒状のカレンダーだったが、その後「現代の生活様式にはシックな色がマッチする」と考えて濃い色味とし、樺細工を象徴する茶筒の形状を生かして回転式にした。
5人は単位取得して授業を終えた後も「形になるところまで続けたい」と自主的に開発に携わり、詳細なデザインについて冨岡社長との打ち合わせを重ねてきた。
仙北市役所角館庁舎で13日に開かれた発表会には5人のほか、冨岡社長や田口知明市長、学生を指導した秋田大産学連携推進機構の伊藤慎一准教授らが出席した。田口市長は「樺細工は仙北市の誇り。素晴らしい製品を開発してくれて感謝している」とあいさつ。冨岡社長は「新しい発想を楽しみながら作った」と述べた。
佐々木さんは「自分たちがデザインした製品が家庭に置かれるとうれしい。カレンダーと写真で月日の流れを感じてもらいたい」と話した。
市販の予定はなく、ふるさと納税の返礼品としてのみ扱う。冨岡社長によると、仮に価格をつけるとすれば2万7500円相当だという。
(大原進太郎)
■海外販売体験語る
2023年11月29日 秋田魁新報に掲載されました。
「樺細工」手がける冨岡さん 海外販売、体験語る 秋田市でセミナー
海外への販路拡大を検討する企業を対象とした「海外展開セミナー」が、秋田市のイヤタカで開かれた。参加者が商品のブランディングなどについて学んだ。
伝統工芸品「樺細工」の製造・販売を手がける冨岡商店(大仙市)の2代目冨岡浩樹代表(61)が講演。1970年に創業した同社は現代に合った製品を提供しようと2008年に理念を刷新。「広く世界に発信」「使い続ける豊かさ」など四つを掲げた。
11年の東日本大震災を機に海外進出を本格化させ、フランスの高級ブランドからの受注や海外のインテリアにもなじむづランド設立など、販路開拓に成功。冨岡代表は、「企業理念に導かれて海外進出ができた」とし、伝統工芸品の歴史や希少性を核として現代に合わせた商品開発を進める必要性を強調した。
セミナーは実体験を基に海外進出のノウハウを学ぶ場として9日に開催…。(石川彩乃)
経営随想寄稿 (一財)秋田経済研究所
■Akita Economic Report 2023年9月号に寄稿させていただきました。
●伝統的工芸品「樺細工」問屋を引き継いで
私どもが扱っております「樺細工」は、江戸時代、「武士の内職」として角館を治めていた佐竹北家によって育まれたことは、秋田県人の皆さまにはご存知のことだと思います。創業期から20年を経たころには、江戸の鳥越様(佐竹壱岐守)の献上品となって、それがきっかけで愛用者も増えていきました。そして明治時代になり、武士は禄を失い、内職から本職となったことにより、更なる研鑽がなされ、産地も形成されていくことになります。
しかしながら、伝統的工芸品にありがちな、つまり伝統的であることが現代生活とマッチしなくなってしまい、結果的に「売れない」という事態を招くことになります。当社は、1970年、角館町東勝楽丁にあった菊地商店から事業承継した私の父が、今の大仙市で創業しました。2005年、私は二代目として父から事業を引き継いだのですが、上に示したように、引き継いだころから下降線をたどることになったのです。
●「理念」をつくる
2008年、大学のゼミOB会が東京であり、先輩にあたる青木昌城氏と再会しました。青木氏は、株式会社帝国ホテルの経営企画畑で、社内コンサルタントを長く務め、その後シティグループの投資銀行部門に転職され、旅館やホテル、スキー場などの自己勘定投資による事業再生責任者として活躍された人物です。現在はコンサルタントとして独立していながら、日本国際観光学会の観光マネジメント研究部会の部会長でもあります。また、大学在学中に外務省派遣員として、在エジプト日本国大使館に勤務された経歴があり、後輩たちから一目置かれた存在でした。
私は、藁にもすがる想いから氏に窮状を伝えたところ、「事業継承した直後の丁度良いタイミングだから、企業理念を練り直してはいかがか」という提案をもらいました。それで、すぐに氏と夜な夜なメールでのやり取りがはじまったのです。このときの私は、「企業理念なんかを刷新しても、会社の経営状態が刷新されるはずはない」という穿った感覚もありましたが、氏は大真面目に、「企業経営に最も重要なことでも、滅多に理念を書き換えることはしないので大チャンスだ」と励ましてくれました。
氏への宿題提出も、日常業務をしながらの身には厳しかったのですが、更に厳しい指摘の数々に、正直、困惑・辟易したのも事実です。「ただの作文をしているのではない。経営者の哲学を表現するのだから、練りに練らないといけない」とのことで、一言一句の定義の説明を辞書にもない深いところまで要求されたのでした。
こうして、着手からほぼ毎日のやりとりで、4ヶ月ほど経過したときに「良いですね!」とようやくにして合格をいただきました。そのとき、「合気道の達人だから耐えられた(当時五段、現在六段)」とも評価され、こそばゆい気持ちになりました。
思えばこのことが、冨岡商店が今あるすべてのはじまりなのです。
●どんな経営理念なのか
冨岡商店の経営理念を、以下のようにしました。
わたしたち冨岡商店は、国指定伝統的工芸品である樺細工の製造元として、世界に類を見ない一属一種ともいうべきクラフトの価値を国内は元より広く世界に発信し、「一生に一つ」使い続ける豊かさを通じて、人々の潤いある生活に貢献できる企業を目指します。
さらに、事業領域は、次のようになります。
樺細工を柱に、クラフト全般においても、使い続ける豊さの提案となるものを企画、創作し、新人作家の作品発掘も含め、洗練された、それでいて親しみのあるギャラリー的店舗による発信
経営理念の中で特にこだわったのは、以下の4点でした。詳しくは当社HPにても解説していますので、本稿では「想い」について触れます。
1.一属一種 2.広く世界に発信
3.人々の潤いある生活に貢献 4.使い続ける豊さ
世界に一つ、秋田県にしかない樺細工の独自性を、国内はもとより世界に発信するのは、事業者としての義務であります。難しいのは後ろの2点で、まず「人々の潤いある生活とは何か?」をどっぷり考えたのです。ここでは、伝統的工芸品の中にある時代性を超越するという意味も込められていて、どんな未来の生活であれ、それは精神豊かな人間の生活なのだという想いです。さらに、「使い続ける豊かさ」とは、家族の時間的継続性を指すだけでなく、私どもの職人がいる限り修復可能という継続性も、「使い捨ての豊かさ」への反語としての「豊かさ」としました。
事業領域の、「クラフト全般」とは、冨岡商店の理念に合致した「取り扱い商品全部」という意味です。
終わってみれば、あっさりした文章のようですが、私なりの想いを表現できました。なお、青木氏からは、私の相談の原点に、「売りたい」ではなく、「樺細工の魅力をどのように伝えることができるのか?」があり、それが最も重要な出発点だったと指摘され、自分自身で振り返って納得したのでした。
●表現者として
理念づくりの4ヶ月間は、私にとっては「言葉の訓練」でもありました。
「人間は考える葦である」という言葉が残っている通り、何語であれ、人間は言葉で思考する唯一の動物です。頭の中で考えるときに使う言語を「母語」というのは、多数の言語を普通に使いこなしているヨーロッパ大陸の人たちからしたら、そうやって区別しないと自分が何者なのかも不明になってしまうからだと、ヨーロッパ人とつき合うようになって、改めて思うようになりました。この点で、外国語が苦手な日本人は、日本語しか使える言語がないので、迷いがなく、案外とラッキーではないかとも思えます。
「冨岡商店とは何者か?」を深く考えた経験は、社長である私にとてつもないメリットを与えてくれました。それは、私が私の言葉で、自分の会社の説明を外部の他人ばかりか、内部の社員たちにも、「理路整然」とできるようになったことです。
「社長だから自社の何かは説明できて当たり前」、ではないのです。
理念が完成してから不思議なことに、新聞やテレビの取材が相次いだのですが、秋田県人らしく普段は口下手な私でも、「立て板に水」のような説明ができることに、取材陣が驚いただけなく、冨岡商店の目指すものを理解し、そしてファンになっていただけることにも気づいたのです。
ところで、世界のビジネスの目は、常にリサーチしてパートナーを探していることをご存じでしょうか?当時の私はまったく知りませんでした。2012年、初めての海外見本市出展で、有名メゾンからオファーをいただいたのです。「こんな小さなメーカーになぜ?」と、呆気に取られました。伝統産業でも、常に新しい素材を探しています。そうしないと、博物館行きとなってしまうからです。後に、山形鋳物の増田尚紀氏が、著書に「伝統という言葉の響きは、今の私たちには保守的な意味合いを持つが、その時代において最高のアバンギャルドなものであったことを改めて認識しておかなければ、21世紀への伝統工芸の扉は開かれない」と著していますが、正にこれだと思いました。
このことがきっかけで、当社の樺細工が、フランスだけでなくヨーロッパ大陸への進出となったのです。今ではヨーロッパの複数の伝統工芸とコラボレーションしています。
Serdaneli. paris社(バスルーム金具のオートクチュール)のパートナー企業となったことも、当然に、理念からだったことは言うまでもありません。私が社長として、自社の表現者になれたことが世界に通じたという意味にもなりました。そして、こちらから当てもなくヨーロッパに出ていく、ということではなくて、あちらから呼び込まれたことも、振り返れば理念を作ったからのことだったのです。
●今という時代に
大袈裟かもしれませんが、私は昨年秋に発表された、2022年ノーベル物理学賞に驚愕しました。「量子もつれの実験による証明」がその受賞理由です。バリバリの文系を自負しておりますので、早とちりや勘違いがあるかもしれませんが、「人間の考え方が根底から変わる」と思ったことが、その驚愕の理由です。
約400年前にヨーロッパでみられた、科学と精神世界(たとえばキリスト教)の分離による科学優位(一方は迷信とする)の時代が終わって、科学と精神世界は量子でつながることになりました。これで、文系の最高峰、哲学の世界は、過去の常識を大転換させていますし、仏教の『般若心経』にある「色即是空 空即是色」の、「空」の概念が宇宙そのものであると、すでに先端の多くの科学者たちが認めています。
私たちの人生は、ご先祖様たち総てを含め、宇宙の壁に情報として記録されていて、これを東大が世界に先駆けて解読を試みて研究しています。要は、一度だけの人生が死で消えるのではなくて、記録され、未来のいつかは再現可能という話になってきているのです。すると、恥ずかしい人生よりも充実した人生に価値があることを、誰もが認識することが確定した、と言っても過言ではありません。
あたかも、A.I.とか、少子とかと、何かと不安を煽られている気がする昨今ですが、もう少し考えれば、自分を自分で哲学しないといけない時代になったと思われます。媒体としては小さな樺細工ではありますが、時空を超えた価値を提供しつづける冨岡商店の理念を、これからもずっと実現すべく、日々努めていきたいと思っております。